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コース C012
法然上人ゆかりの知恩院から円山公園までを歩く
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- 知恩院
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徒歩 - 安養寺
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徒歩 - 吉水弁財天
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徒歩 - 円山公園
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知恩院近く 白川にかかる阿闍梨橋(一本橋) -
円山公園 祗園枝垂れ桜
主な見どころ・ポイント
浄土宗を開いた法然上人ゆかりの「知恩院」から京都市で最も古い公園で国の名勝にも指定されている「円山公園」を訪ねる。
知恩院
- (境内拝観無料。方丈庭園、友禅苑は拝観有料)
- 浄土宗総本山。宗祖法然上人が教えを広め入寂した場所に建つ。江戸時代、徳川家の菩提所と定められ伽藍が整備される。中でも三門(徳川秀忠建立)、御影堂(徳川家光再建)は往時の姿を留める国宝。大鐘楼には大晦日に僧侶17人がかりで撞く除夜の鐘が風物詩の高さ3.3mの大鐘。
知恩院ホームページ
安養寺
- 時宗寺院。山号慈円山。本尊阿弥陀如来。法然、親鸞聖人ゆかりの吉水草庵だともされる。江戸時代までは円山公園一帯は安養寺の境内であったが、明治以降の廃仏毀釈で今の規模になった。円山公園の名も「慈円山」に由来する。延暦年間(782年~806年)最澄が開山になって建てられたと伝える。平安時代に荒廃するも、天台宗の慈円の援助を受け法然が承安5年(1175)に、この地に吉水草案を建てて浄土宗の教えを広め始めた。しかし、建永元年(1206)の承元の法難で法然は流罪され、吉水草庵は衰退する。そこに慈円が安養寺を復活させた。南北朝時代に時宗の国阿上人が住職として入り時宗寺院となった。
京都都観光Naviホームページ「安養寺」
吉水弁財天
- 時宗寺院。山号慈円山。本尊阿弥陀如来。法然、親鸞聖人ゆかりの吉水草庵だともされる。江戸時代までは円山公園一帯は安養寺の境内であったが、明治以降の廃仏毀釈で今の規模になった。円山公園の名も「慈円山」に由来する。延暦年間(782年~806年)最澄が開山になって建てられたと伝える。平安時代に荒廃するも、天台宗の慈円の援助を受け法然が承安5年(1175)に、この地に吉水草案を建てて浄土宗の教えを広め始めた。しかし、建永元年(1206)の承元の法難で法然は流罪され、吉水草庵は衰退する。そこに慈円が安養寺を復活させた。南北朝時代に時宗の国阿上人が住職として入り時宗寺院となった。
- 安養寺の飛び地境内。慈円が安養寺を建立した際に、この地に寺の鎮守として比叡山の無動寺より弁財天を勧請した。法然も使ったという「閼伽水の井戸が」ある。
円山公園
- 明治19年に整備された日本でも最古級の都市公園。自然風景を模範とした池泉回遊式の景観と水の流れを効果的に織り込んだ流水鑑賞式とも言える名園。園内には幕末に活躍した坂本龍馬、中岡慎太郎が並ぶ銅像や人気の祇園枝垂れ桜もあり、四季を通じて散策が楽しめる公園。
円山公園ホームページ
●各訪問先の拝観料・拝観可能日/時間・事前申込方法(必要な場合)は、各訪問先のホームページ、電話などでご確認ください。
- 明治19年に整備された日本でも最古級の都市公園。自然風景を模範とした池泉回遊式の景観と水の流れを効果的に織り込んだ流水鑑賞式とも言える名園。園内には幕末に活躍した坂本龍馬、中岡慎太郎が並ぶ銅像や人気の祇園枝垂れ桜もあり、四季を通じて散策が楽しめる公園。
京都SKY観光ガイド協会
電話 075-221-1516
FAX 075-211-9030
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